たった一度だけ、金縛りにあった事がある。
怖がり、臆病、肝が小さい。高所恐怖症、極度な閉所恐怖症。
自他共に認めるチキン野郎な俺は、その存在が恐怖以外何者でもない「幽霊」という奴を、
信じていない。
基本的に理系思考な俺は存在自体が定義出来ないやつらを肯定する事は出来ないし、
霊感が強い訳じゃないから、その存在を身近に感じる事はもちろんない。
ただ、俺の優秀すぎる想像力が邪魔をして、いたずらに恐怖心を煽るのだ。
信じたくないのだ。怖いから。
だがそんな俺もついに、体験してしまったのだ。
2008年の秋頃だったと思う。
俺は当時、彼女と同棲しており、寝るときは基本的にいつも一緒だった。スペース的な事情もあるが、冷え込む季節はお互いの体温で暖かいため、電気代の節約にもなる。
その日は特に変わった事もなく、ごくごく平凡な一日だった。
いつものように布団にもぐりこみ、腕を伸ばし、彼女を腕枕して寝る。
こうすれば狭い布団でも肩肘張ることなく寝付ける。
しかしそれは突然やって来た。
俺は突然、腹部に「重み」を感じて、目を覚ました。
その重みの正体を確かめるべく、目を開けようとした時だった。
バサッ。
その重みは一気に俺の上半身へと広がった。その重みで下半身と上半身の一部を、そして両腕を何かに押さえつけられるようにしてしっかりと固定されたのを感じた。
最初は隣で寝ていた彼女の寝返りか何かと思った。
確かに俺の左手は彼女の頭の下にある。それは間違いなかった。彼女の体温と寝息を俺の感覚はしっかりと捕らえている。
だが、この右腕にかかる圧力はなんだ?
右側は壁しかない。何も置いていない。俺の右手に圧力をかけられる物体はそこには存在しないはずだ。
そして次の瞬間、何かが俺の顔を覗き込むよう込んでいるような感覚に襲われた。
いる。
何かがいる。
俺の上に、覆いかぶさっている。
この段階で俺は金縛りにあっている事を理解した。
俺の顔面には、何か糸状の物体、恐らく人の髪の毛だと思われるものが、上から覆いかぶさるようにして触れている。
俺は恐怖した。
幸いにも首だけは動かせる。
彼女のほうを見て、一瞬だけ目を開ける。
彼女は俺に背を向けるようにして寝ており、起きる気配がない。
腕を動かそうとしても、動かせない。
呼ぼうとしても声が出ない。
そして。
俺はその「なにか」に、首の向きを直された。
真正面を向くように。強引に。力ずくで。
やばい、と思った。
俺は反射的に目を閉じた。
しかし俺にかかる圧力はどんどん上昇していき、腕の関節が音を立て始めた。
このままではやられる。
俺は意を決して目前の敵を確認する事にした。
目を、ゆっくり、半目で、開ける。
目の前には、女の顔があった。
片目が髪の毛で隠れた女の顔が、5cm程の距離に。
俺を狂喜に満ちた表情で、舌を出しながら覗き込んでいた。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい
恐らくコイツは、彼女が俺に背を向けているのをいい事に、一対一の状態に仕掛けてきたのだ。
俺はそう読んだ。
俺は隣で眠る彼女を必死に起こそうとした。わずか1cmも動かない左腕を上下動させ、彼女の頭部を揺らす。首を絞められた鶏のかすれ声のような呼吸音で、必死に叫ぶ。右手を壁にぶつけ、音を立てる。
俺は目を見開いて、彼女をにらみつけた。
良く見ると、その女の片側の眼球は失われていた。
負けるものか。
こんなものに負けてたまるものか。
そしてようやく、彼女が寝返りを打ったのだ。
その瞬間、その女は一瞬で姿を風景に溶かすように消えた。
それと同時に、俺の体のしがらみは全て取り除かれ、全てが正常になった。
「ぐ・・・はっ・・・はぁはぁ」
俺は呼吸を直しながら、彼女を揺らして起こす。
彼女「何?寝れないの?」
俺「今・・・金縛りにあった・・・」
彼女「・・・本当?」
俺「ああ・・・女が、いたわ・・・」
彼女は俺を抱きしめるようにして抱きついて来た。
彼女「その女の人って、片目がなかった?」
俺「な、そうだよ、なんでわかった?」
彼女「私の夢にも出てきたよ。起きたら、お前から眼球を引き抜くって」
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